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知恵のあるテコアの女

                          (サムエル記下14124
                                            石川和夫牧師
  

 

 「主君である王様は、神の御使いのように善と悪を聞き分けられます。」(サムエル記下14・17)
 自分の妹、タマルを犯した異母兄のアムノンを殺したアブサロムは、都に留まることができなくて、母マアカの実家であるシリア南部の小国ゲシュルの王であり、祖父でもあるタルマイのもとに逃げました。しかし、ダビデの許しが出ないまま、そこで三年を過ごします。
 ダビデは、亡くなったアムノンを悼み続けていたのですが、やがてアブサロムのことも気にかかり始めたようです。そのことに気づいた軍司令官のヨアブは一計を案じます。エルサレムの南約一八キロ、後の預言者アモスの出身地であるテコアに住む一人の知恵ある女に策を授け、ダビデの気持ちを変えさせようとしました。
 この無名の女は、ヨアブの期待に応えて、ダビデに、兄弟殺しをした息子を一族の者が殺そうとしているため、一家断絶の危機にあると訴え、ダビデの助力を懇願しました。そのことに同意したダビデに、彼女は続けて王自身のことに実に上手に話を進めて、それとなくアブサロムを許すように訴えたのです。そのおりに、彼女が言った言葉が冒頭の「神の御使いのように善と悪を聞き分けられます」だったのです。
 この結果、王はアブサロムを呼び寄せることになるのですが、三年ぶりの再会も極めて形式的なもので、ダビデは、終始無言のまま、アブサロムに口づけします(33節)。これでは、アブサロムも納得できず、後にクーデターを起こすことになります(15章1節〜16節)。
 「知恵ある女」の大芝居が一見功を奏したように見えますが、結果的に父子の和解はもたらしませんでした。ハーパー聖書注解では、この女のことについて、こう述べています。
 「おそらく、彼女は、男たちが情け容赦なく、そして気ままに権力をふるう世界で、単純に生きていこうとしていただけなのであろう。」サムエル記の著者が、この女を無名のままに描いたことの中に、乱世の中で、したたかに生きる庶民の女の姿が浮き彫りにされているような気がします。乱世を生き抜く知恵は、今も昔も権力者よりも庶民の方が上なのです。