サマリアの女とイエスの対話(絶交状態であるユダヤ人としてのイエスとサマリアの女とが、イエスの大変謙虚な語りかけから、会話が始まり、次第に彼女が、自分の過去を言い当てられながら、自由になっていくのです)
私のことを何もかも言い当てた人がいます(--村の人たちはイエスのところに会いに行く--自分たちのところにとどまるようにと頼んだ--わたしたちは自分で聞いて、この方が本当に世の救い主であると分かった--)
自分で聞いてと(--イエスとの経験を耳で聞いただけではなく、イエスと一緒にいる経験をしたことを通して、信じた--)
たくさんの愛をありがとう(--夫の達郎さんを脳腫瘍の病気で天に送る--あなたならどうでしょうか。働き盛りの43才になったばかりの夫が悪性の脳腫瘍になり、右半身麻痺となり、失語症が進む。子どもたちは、まだ中学生や小学生。夫の症状は徐々に進んでいく、夫の両親との摩擦や不和は広がる。私はこの間に母親を亡くしています。仕事を持ちながらの在宅看護は、ヘルパーさんたちの費用も大きな負担です。夜は数時間毎にトイレに行く夫の介助をしなければなりません。子どもたちの進学、治療決定など重要な判断が、あなた一人の手にかかってきます。一方、夫の命は、数ヶ月単位だと言われます。あなただったら、神様が「もう一度この人生を送りなさい」と言ったら、進んで「はい」と言えますか。--平野美津子「たくさんの愛をありがとう」、日本基督教団出版局、2003年5月20日、初版、123-124頁--我が家の子どもたちも、心身共に、確実に豊かに成長しています。まじめに人生を考えようとしています。私は、職場に恵まれ、同僚たちの理解の中、ホスピス看護スタッフたちの暖かな眼差しの中で、仕事を続けながら夫の介護をすることができました。ホスピスでの日々の中、私は、人の支えと励まし、そして慰めや祈りを、穏やかな気持ちで受け入れ、感じることができるようになってきたようです。とどのつまり、そんな悪い人生ではなかったのではないでしょうか。神様から、「もう一度この人生を送りなさい」と言われたら、「喜んで」とは義理でも言えませんが、「まあいいか」くらいには、答えられそうな気がします。前掲書126-127頁--病気が分かったとき、一番しんどいときに教会で「試練に耐えてください」とか、「あなたのために祈っていますよ」と言われました。それを聞くと、とてもいらいらしました。祈れないでいる自分に、「祈っていますよ」と言う人がいます。そしたら、祈れない自分が、よけいに惨めになります。そのような時には、むしろ言葉が無くてもいい、後ろで、そっと触れてくれればいい。無言のタッチが、すばらしい愛を伝えます--)
イエスの愛を感じ取る(--日々の暮らしと礼拝とが循環することによって、日々の暮らしの中、礼拝で与えられた豊かさが、ほんとに豊かだというように変えられてゆく。この経験をしないで教会は教会、普段の暮らしは暮らし、これでは、本当に恵まれる、ということはありえないでしょう--)
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