2004/06/06 「行き届いた神が味方だ」 ヨハネ 14:8〜17  (MP3)   
 三位一体(−−一人の神様の三つの顔”父なる神、子なるキリスト、聖霊”行き届いた神様−−)
 弁護者(−−支援のために呼び寄せられた者−−代弁者−−)
 義家弘介”ヤンキー先生”(−−余市高校−−寄り添って生きる−−見放さない−−死んではだめ”あなたは私の夢”−−)

2004/06/13 「風に吹かれて」 ヨハネ 3:1〜15  (MP3)   
 小塩トシ子(フェリス女学院大学教授--「信徒の友」--「こころにひびくことば」--八木重吉の詩を紹介「風に鳴る琴」--「重吉はここで日本の琴をイメージしていたのだろうか。『素朴な琴』というのだから、わたしは『風琴』だろうと思う。風が吹くと鳴りだす琴、--神の息吹で鳴りだす自分と置き換えて受け止めていたのでしょうか--) 
 聖霊は神の親心(--晴佐久昌英神父の三位一体論--「父」--天地創造の全能の神さま--「子」この神さまから生まれたキリスト--「聖霊」--「親から溢れくる親心」--独り子であるイエスはこの親と子と親心、すなわち三位一体の交わりを実際に常に体験していたし、この交わりのうちに全ての人を招き入れようとして命を捧げた。弟子たちはこの神の独り子を信じて、自分たちも同じまことの親から生まれ、親心のうちに生きている神の子であることに目覚めていく。その目覚めは弟子たちなりの「父と子と聖霊」の体験であり、その体験こそがキリストの教会の原体験である--まことの親に気づいてその親心に目覚める時は、ある意味で神の子としての新しい誕生と言える。洗礼とはその誕生式であり、その式が「父と子と聖霊のみ名によって」授けられるのは当然のことと言えよう--カトリック高幡教会発行、「あゆみ」晴佐久昌英神父送別号、「父と子と聖霊のみ名によって」--)
 すべての人はすでに神の子(--神がお造りになっているからです。その意味では、誰が救われる資格があり、誰には無い、なんてことは言えないことなのです--) 
 乳飲み子までも連れて来た(--人々から見捨てられたり、軽蔑されたりしている人たちに寄り添うイエス--乳飲み子は、まさに力が入っていません--おなかがすいたり、お尻が汚れれば、わあわあ泣き、気持ちよければ、にこにこしています。どんな人を見ても分け隔てしません。乳飲み子は存在そのもので愛を伝えています。どんないかつい男でも乳飲み子の前では、「かわいいねえ」と顔をくしゃくしゃにして、その子を覗き込みます--親の懐で、ゆだねきっている、その状態が、「神の国」なのです。そのようになることが「新しく生まれる」ということ、「霊によって生まれる」ということです--) 
 八木重吉(--父よ ふしぎなる 聖霊のちからよ われにあるごとく 父にあるごとく ふしぎなるちからよ われを 父につれゆくめぐみよ わが魂のうちに芽ざしたる ただひとつ 罪なき芽よ われ ちち とよぶ われをよぶこえもあり そのこえのふところよりながむれば きりすとの奇蹟のやすやすと ありがたさ 父を呼び続けよう! ただ よぶ ばかりなり、 いのることばさへしらざりしゆえ ちのみごのははをよぼうごとく おんちちうへさま おんちちうへさま ととなへたれば、 ふしぎなり もったいなし おんちちはわれをみたまへり--)
 信仰(--乳飲み子のように父を呼び続けること--)
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2004/06/20 「神の風、限りなく」 ヨハネ 3:22〜36  (MP3)   
 65-27歳の決意・92歳の情熱(中央法規出版 日野原 重明 乙武洋匡対談集--対談の中ではいつも君の背後におられる君のお母さんやお父さんの 姿が私の幻の裏に感じられました。ベストセラーを出版し、他の同年齢の若者より大きなアドバンテージをもった君に二,三年じっくりとこからを考えたほうがいいと手紙をくれたお父さんは君にとてもよい影響を与えているように思うし、また、君が手足なく生まれたときに「まあ、かわいい子」喜ばれた君のお母さんにもお会いしたい気持ちでいっぱいです。そのようなかけがえのない両親の愛をもっともっと多くのこどもたちに知ってほしいと思うのです--)
 霊(--風"霊"を受けるタイミングが大切--)
 乙武さんの言葉(--自分がなにか強い意志を持ってこれをやりたいと思って進んできたというよりは何かいろいろなものに導かれて今の位置にいるなという気がします--ただそれは漫然と何かを待っているかではだめで、いま、目の前にあることに全力で取り組んできたからこそ次が開けてきたと思うのです--)
 ただ自分をいたわってじっとしているだけでは、何も感じられない(--自分は不信仰だと逃げないで--) 日野原先生の言葉(--多くの人は道がないと思っていますが、実際はあるんですね。とにかく前進しようとする中に様々な道が開けてくるわけで、医師という職業でありながら書き物や音楽をするようになったのもまさしくそうしたお導きがあったからなんです--)
 クリスチャン(--クリスチャンになることが最高ではなくて、自由に生きる人の持っているものがそのまま生かされている人の中でつきあっていくことが大事--)

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2004/06/27 「イエスの執念」 ヨハネ 4:5〜26  (MP3)   
 シカルの井戸(--町に一つしかない井戸--日中は使われていない”この時間帯に水くみに来た女性はなにか後ろめたい問題を持っている”--イエスは「水を飲ませてください」とストレートに言い出した--あなたはヤコブよりも偉いのですか--私が与える水は永遠の命に至る水--あなたはありのままを言ったね--本物の礼拝”霊と真理を持って父を礼拝する”--)
 生きた水(--この水を飲んだサマリアの女性は生き方を一変させた--)
 礼拝(--イエスキリストに出会って交わる時間--イエスの勇気をもらって出直す--)


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