2004/02/01 「私は神の神殿」 ヨハネ 2:13〜25  (MP3)   
 神殿(--イエスキリストを土台とした自分の体--)
 鈴木秀子”すずき ひでこ”(--聖心女子大学助教授--「愛と癒しのコミニュオン」文芸春秋新書--人から愛される唯一つの秘訣は自分を良く見せないことである--赤ちゃんがどうしてみんなに好かれるか、赤ちゃんには計算がない、この人はいやな人だとかそのようなことは一切ない、そのまんまなんだ、具合が悪ければ”ワッ”と泣く、わがままではあるけれどもうそがない,だから人に好かれる--天使の観察をしなさい--一時ごとに永久語を使い分ける--困ったことが起こったときには”またやってしまった。私はだめな人間だな”これは人を不幸にする方程式だ--一時語は”まづかった”--)
 神殿(--自分は神の神殿だ。イエス様入り込んだ悪いものを追い出してくださいと祈る--繰り返される礼拝が大事--)
 伝道(--礼拝に参加しているものが作り変えられ、キリストといることがどんなにすばらしいかを心から賛美しているときに、人々はそこに天国を見る--礼拝のすごし方が即伝道につながっている--) 

2004/02/08 「足が地に着く」 ヨハネ 8:21〜36  (MP3)   
 晴佐久昌英神父(--説教「ちゃんと浮世離れしましょう」--「イエスさまと心を一つにして、はっきり皆さんに申し上げます。『みなさんは決して死にません』」私たちは世間から見れば、大変浮世離れしたことをしている。見えない神様を見えると言い、どうだかよく分からないイエスさまが、人となった神様だと言い、そして、ここにイエスさまがおられると信じて、ハレルヤと言っている」--)
 説教(--プロテスタントの牧師の説教”道徳、倫理になるから、どこか窮屈になります”--信仰が証しされる、信じるということに勇気づけられる--天国にいる自分に気づかせられる--)
 自由(--罪の奴隷から贖われる--足が地に着いた生き方をする事--)
 ハッピーエンドでなくても(--ボンヘッファー牧師の説教集--私たちのいのちは、必ず死ななきゃならないのですが、神さまは、死だけでなく、命をも与えてくださっている。そして、究極の帰るべきところを用意してくださっている。だから、人間的に言うと、死というのは恐ろしい、イヤなことになるけれども、必ずしもそうではないよ、ということを子どもに向けて話した内容”第一次世界大戦で、ドイツの兵隊さんが二人、フランスの戦線で、ある冬の日、重傷を負って地面に横たわっていました。一人は、五〇歳がらみのわりと年をとった兵士。もう一人は、二十歳そこそこの若い兵士です。この二人は親子でした--お父さんは、息子の事を心配して「大丈夫か、大丈夫か」と励ましていました。息子もしっかりしていて、「大丈夫、お父さん、心配しなくっていいよ。 神さまが一番いいようにして くださるから。どうしてもダメだったら、神さまの国に呼んでくださるだろうし。どっちにしても大丈夫だよ。」とお父さんに答えました。時間が経つにつれて、だんだん二人とも弱ってきました。息子が、「お父さん、聞える?どうも神様がぼくを呼びに来たみたいだ。だから、お母さんに急いで手紙書くよ。」-- 「ぼくが死んだと聞いても、泣かないで。ぼくが今、喜んでいるのと同じように、喜んでほしい。なぜって、今、ほくは、素晴らしい経験をして、神さまといっしょなのだから。」--二人とも亡くなって、国にいるお母さんにその知らせが届きます--大変悲しみました--息子さんからの手紙を渡されて、それを読んだ時に顔色が変わります。そして、こう祈りました。-- 「神さま、お許しください。自分勝手なことを言っていました。しかし、私の愛する夫と息子は、喜んであなたのもとへ行っています。今もみもとで喜んでいるのに、私が悲しむということはどういうことでしょう。」”--)
 死は悲しいことです(--最終のゴールがはっきりしているときは、それは喜びになるのです--究極のHappy Endが約束されている--その典型が、イエスさまです--)
詳しくはここをご覧ください

「分類キーワード(不条理)」

2004/02/15 「一人に向き合う」 ヨハネ 5:5〜18  (MP3)   
 小塩トシ子(--フェリス女学院大学文学部教授 「言葉の花束」日本キリスト教団出版局--希望”神を愛するものたち、つまりご計画に従って召されたものたちには万事が益となるように共に働くということを私たちは知っています。自分の内側を見つめてマイナスの計算ばかりをしていることに気付くことがあります。その言葉は別の訳では神は万事を益となるようにしてくださるとなっていて、神がマイナス記号をプラスに変えてくださること、それが私たちの希望の基であることを示してくれます。”--)
 神様は一人に向き合う(--私にとって神様はすべて、私にとって神様はよそを向いているときなどない--)
 八木重吉(--あさめをさまして、じぶんのからだのよわいこと、つまのこと。こどもたちのゆくすえのことをかんがえぼろぼろなみだがでてとまらなかった--はる”天国”天国にはもっといい桜があるだろう。もっといい雲雀がいるだろう。もっといい朝があるだろう。)
 関 茂 牧師(--括弧つきながら重吉は天国を感じているのであります。目も耳も心も今のここを超えて上へと向かおうとするのであります--)
 ご利益宗教(--全部問題が解決すると思い込む宗教--うまくいかなかったらあなたの信仰がだめだからという--)
 私たちの信仰(--逆境の中にいながら同時に天国にいる--括弧天国に生きている--)

2004/02/22 「役に立たないか」 ヨハネ 6:1〜15  (MP3)   
 けろっと忘れてしまった人に罪はないね(--年をとると近いことから忘れやすくなる”忘れることはすばらしい恵である。日々が早く過ぎ去る”--生きている今に集中して生きる”赤ん坊も年よりも同じである”永遠を生きる秘訣--)
 パンの奇跡”聖餐式”(--イエスが命のパン”イエスと共にいることによって満腹させられる”--私がなんの役に立つか”神様がなさることのほんの一部のお手伝いをする。結果は神様に任せる。礼拝に参加することが大事”--)
 晴佐久昌英神父(「だいじょうぶだよ」女子パウロ会--”詩”君は弱いときにこそ--きみがちからをなくし よわりきってしまったとき きみはきせきをおこすことができる きみがうちのめされ どろみずのなかにたおれるとき きみのなかにおおいなるちからがはたらく きみよ なんにもするな なんにももとめるな なすすべもなくたおれたまま すべてゆだね よわさのうちにしずんでゆけ どろみずのそこに あおぞらがひらけ せかいはきみのいたみでいやされる きみはよわいときにこそつよい そのてはいま てんのくにのとびらをあけている--)

2004/02/29 「丸裸でだいじょうぶ」 マタイ 4:1〜11  (MP3)   
 試練(--誘惑がつきもの--)
 荒野(--私たちの心が丸裸にされるところ--)
 連続児童殺傷事件(--カトリック雑誌「あけぼの」--事件にあった彩花ちゃんの母、山下京子さんの話--「彩花へ生きる力をありがとう」「彩花へ再びあなたがいてくれるから」--心の状態を丸裸にして見つめる”このとき一緒に泣いてくれる友達がいた”--私は実は何度自殺しようと考えた--その前にすることがある”自分の手で犯人を制裁することだ”--ある美しい月夜のとき、その月が彩花ちゃんの顔のように見えてきた。それがとびっきりの笑顔に見えた”お母さん私は大丈夫、だからもう人をにくまんでいいんよ”という言葉が聞こえた--)
 大変なときこそ一番大事な人に出会える(--うちひしがれたときはきっと誰かが使わされてく--誰かとの出会いが必ず起こる--)

      

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