1999/01/24
「霊と真理の礼拝」 ヨハネ 4:19〜26
(MP3)
サマリアの女(異邦人扱い 平凡な人たち ユダヤ人から見たら混血人 イスラエル神殿建設にも反対した 昼間の水汲み”大概は朝早く済ませる”は人をはばかることがあるのだろう このような状況の中でイエスは”水を飲ませて下さい”と頼んだ。ここから会話が始まった”頼み上手” 人をはばかるような女性が村の人に自分の救いを知らせた) 愛はありがとう(いつも自分を低くしている) ヨハネによる福音書の特徴(今このとき神の国は来ているを主張している 排除の働いたた礼拝は本物”霊と真理を持つ”ではない) 森野
善右衛門先生(「礼拝と招き」--礼拝に儒教的ニュアンスが入っている--尊崇の念”礼儀”の表し方に重点が置かれている--) 岸本 洋一(キリスト教礼拝辞典 礼拝はWorthship”値ある”と訳されている --サービス”神の奴隷となる”--謙虚になる姿勢である--自分を修養し徳を高める儒教的なものではない--) 礼拝(厳粛性を求めてはいない 何に向かっているかをしっかり確認する作業である 誰が私の人生を完結しようとしているのかを確認する 私はあなたの奴隷です全てをお任せします あなたのところに帰ってきます 説教”講演”が主体ではない) 献金、献身(私の体を捧げます お賽銭ではない 自分にとって少し痛いなと思うくらいのもの 一番大事なものを捧げる)