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内戦を起こす暴力の犠牲者、一人の女

(士師記 19・21〜25)

                                             石川和夫牧師
  

 「イスラエルに王がいなかったその頃」(19・1)で始まる今日のテキストは、「そのころ、イスラエルには王がなく、それぞれ自分の目に正しいとするところを行っていた。」で閉じられます。そして、これが士師記の結びでもあるのです。この間には、目を覆いたくなる悲惨な物語が記録されています。
 王がいないと、こんなひどいことが起ると言わんばかりです。士師記は、伝統的に人間が統治の全責任を負う王は必要がないという考え方に対して、王制に移行する経過を正当化しようという意図で書かれたようです。
 話は、当時、当たり前の平凡な側女を迎え入れることから始まります。しかし、彼女に何か不満があったのか、間もなく実家に帰ってしまいます。迎えに行ったエフライムの山地に住むレビ人の主人は、勧められるまま四日を過ごし、五日目には、意を決して、夕方にはなったのですが、彼女と共に帰途につきました。ここから悲劇が始まります。
 自分の家に近づきながら、日が暮れたため、親切に泊めてくれたその家にベニヤミンの暴漢が襲い、彼女は集団レイプに遭って命を落とします。彼女の主人は、自分が彼女を差し出したことも棚に挙げて、彼女の身体を十二に切り裂いて、十二部族に送りつけ、そのことで悲惨な内戦が起ります。遂に、ベニヤミン族が全滅しそうになって、それをなんとか防いだというのが今回の物語です。
 人が正義感だけで衝動的に行動を起こすと、どんなことになるかが、よく分かる物語です。でも、やがてベニヤミン族の中から、初代の王、サウルが出現します。このことから見ると、この物語には、かなりの誇張があるようです。