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人のための苦難

石川 和夫牧師

それから、イエスは皆に言われた。

「わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、

わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、

わたしのために命を失うものは、それを救うのである。」(ルカ 9章 23節〜24節)

アントニュース修道会が持っている病院の正面玄関祭壇に、グリューネバルトの「十字架にかけられたもの」という絵がかけられています。この病院は、約500年前から、世間より排斥されていたハンセン氏病患者やペスト患者を収容していました。この絵に画かれたキリストの体は黄色で、唇は瘡蓋だらけです。これは、ペスト患者をあらわしています。この病院の患者は目の前に苦痛に満ちたリアルな十字架上のキリストの姿を、自分に重ねて、見ていたにちがいありません。お前たちのその悲しみ、苦しみは自分がこのように負っているぞ、という励ましを絵が与えていたようです。

今回、説教のテーマは、キリストの「受難の予告」です。

わたしが問われている

イエスが一人で祈っておられたとき、弟子たちは共にいた。

そこでイエスは、「群集は、私のことを何者だと言っているか」とお尋ねになった。

弟子たちは答えた。「『洗礼者ヨハネだ』と言っています。

ほかに、『エリヤだ』と言う人も、『誰か昔の預言者が生き返ったのだ』と言う人もいます。」

イエスが言われた。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」

ペトロが答えた。「神からのメシアです」(ルカ 9章 18節〜20節)

 弟子たちに、「私のことを何者だと言っているか」とお聞きになった後で、「あなたがたはわたしを何者だと言うのか」と尋ねられました。ペテロが弟子たちを代表して「神からのメシアです。」と答えました。

 元になったマルコによる福音書では、「神からのキリストです」となっています。メシア、という表現は、意訳のようです。弟子たちが立派な告白をしながら、後に、イエス様を裏切ります。ですから、本当には、分かっていなかったのです。メシアです、という表現は、当時の人々の中に、あの人はメシアではないかという噂もありましたから、弟子たちの告白はその噂で言う程度だったのだと理解されています。

それから、イエスは皆に言われた。

「わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、

わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、

わたしのために命を失うものは、それを救うのである。」(ルカ 9章 23節〜24節)

 わたしたちは、この御言葉の前には、誰でも、大なり小なりコンプレックスを持ちます。自分を捨てることは、そう簡単にいきません。自分の十字架を背負わずに、逃げてしまいます。十字架を背負うことは、なかなか出来ません。イエス様に、十分に従っていません。このようなコンプレックスを持ちながら、この御言葉を聞いているのです。しかし、私たちが、本当に御言葉に従うときには、これ以外ありえないほど大事な御言葉なのです。

日本の罪を負って死ぬ

 1947年10月23日午前7時に、ニューブリテン島のラバウルで二段構えの8人の銃殺隊の前に倒れた一人の軍人がいました。片山 日出雄大尉です。彼は、ラバウルに勤務していたようです。第二次世界大戦が終わって、復員して、結婚生活を楽しんでいたさなか、1946年2月9日(終戦の翌年)、米軍総司令部から出頭命令を受け、巣鴨に収監されました。その後、沖縄に移され、フィリッピンに移され、さらにモロタイ島に移されました。2月25日、そこで軍事裁判にかけられました。わずか3日後の2月28日に、銃殺刑の判決を受けました。彼には、まったく覚えのない罪の結果でした。

 オーストラリヤ空軍のハドソン基地を発進した爆撃機が、日本軍に撃墜され、乗組員4人が捕虜になりました。その捕虜を銃殺した責任者として裁かれたのです。彼は無実を訴え続けました。ふつう、銃殺刑の判決が出ると、翌日に執行されるのだそうですが、彼の場合には、不思議なことに、処刑されたのは、翌年の10月23日でした。一年半以上生き延びたことになります。

 その間、彼は持ち前の英語力と深い信仰で、光教会という名前の教会を収容所の中に作り、日々聖書研究をはじめました。この聖書研究会で、次から次に、洗礼を受ける人が出てきました。彼は自分の無実を晴らすことにも努力したのですが、他の人の無実を晴らすためにも努力しました。その努力が実り、司令部にも自由に出入りできるようになったようです。

 台湾出身の5人の青年が、戦犯として収容されていました。彼が懸命に弁護した結果、無実が明らかになって、帰国を許されました。後日、その青年たちが、台湾で、聖書研究のグループを作りました。そのグループは、今も続いているらしいです。

 日本軍の彼の上官が、彼に責任を転嫁したようです。上官の報告書は彼がすべて責任者であると報告していました。軍事法廷も、上官の報告書を信用せざるを得なくて、彼の必死の無実弁明努力にかかわらず、聞き入れられませんでした。途中、日本軍の本間司令官が、彼に罪はないと弁明したのですが、無駄でした。彼の刑が確定しました。刑執行の前日、22日午後三時に、刑執行が言い渡されました。

 彼は、それを聞いて、たくさんの手紙を書き始めました。収容所の所長はじめ、オーストラリヤ軍の人たち、妻、家族、友人、収容されている人たち宛に、残された時間で、よくもこれだけという量でした。その中に、キリストの福音は宇宙的なメッセージです、という書きはじめで、日本キリスト教徒の皆様へ、という遺書がありました。その中で、

 人生の不幸によって、わたしが、より恵み深く、よりキリストに近づいたことを神に感謝いたします。私は戦時のことを回顧して、豪州人に対して悪しきことを、いささかなりともしたとは思いません。アンポン在勤時代には、彼らに対して、反対に良いことをしたと思っています。第二次大戦の舞台で、日本のなしたことを回顧します時に、国民の一員として、非常に重い責任を感じます。」(島崎暉久「勇気の源泉」、新教出版社、新教新書、1986年10月25日、第一刷、207-208頁、? 愛と死と永遠とー片山日出雄の日記、)と言っています。

悔い改めこそが

 彼が収容されたとき、ひどい仕打ちを受けたようです。一時、気絶させられるくらいに殴られました。それくらい、オーストラリヤ側には、恨みがあったようです。彼らが、それだけひどい仕打ちを受けたともいえます。彼は、このように続けます。

 国民各位は戦時中、直接的であろうが、なかろうが、すべての人々と共に、この共通な罪にかかわりあったのを自覚しなくてはなりません。各国民の感情的偏見と偏狭な忠誠心と、国々のわがままによって、世界は荒廃してしまいました。世界各国が犯した罪を審判するために、今次大戦中、各国人がそれを得んと全力を挙げ苦闘したところの『神の義』が必要となるのであります。平和がやってまいりましたけれど、私たちの最後の血を必要とするのです。世界がキリスト教徒の『悔い改め』の上に正義を打ち立てないかぎり、私たちは正義の全貌を知りえないのであります。各国が結ばれて平和と愛の家庭生活に入る前に、世界は悔い改めを真に必要とします。人類のほとんどは悔い改めの意義を忘れてしまいました。この悔い改めこそ絶対に必要なものなのです。最大の問題を人類は、その手に握っているのです。第一に悔い改め、第二に悔い改め、第三も悔い改めでなくてはなりません。

 私がここで処刑されるとしても、わたしは豪州人になしたことのために死ぬのではなくて、日本が戦時中なしたことの故に死ぬのであります。………

 日本の皆様が、私の犠牲の記録を読まれて、聖なる光に打たれますよう、神の御栄光のために謙遜な願いとします。私は主と共に十字架につけられましたので、生きるのは最早私ではなくて、キリストが私の内で生きていられるのです。私の死の意義が、日本が、御前に犯した罪を贖うために、主がなされたように、日本のために血を流すことにあると悟りました。(前掲書、208-209頁)

 無実である彼は、自分を裏切り、平和な生活を送っている上官のことを知っていました。周りの人が告発したら、と、言ったのですが、『私のようなことが起こらないためにも、せっかく幸せに暮らしている人の幸せを壊すわけには行かない、わたしが死ぬのだ。」というようにも述べておられます。雄雄しく、その死を引き受けられました。

 私たちは、ただ無駄に死ぬのではなくて、人の罪のために死ぬのだという意識を持つときに、キリストの十字架と死に重なり得ます。同時に、私たちより前に死んでくださった、この片山大尉ほかキリストを告白して死んでくださった多くの人々の、死による贖いが生かされています。私たちが、それらの人によっても、罪を許されているのだと思います。

 今、イラクで流される血も、私たちの悔い改めを呼びかけている血ではないでしょうか。そして、それが本当の贖いの血になるように生かされるのは、片山大尉の言うように、私たちが悔い改め、真剣にキリストに従っていくという決意を固めることにあるのではないでしょうか。

 祈りましょう

 聖なる御神様。主キリストが負われた十字架が、どんなに厳しいものでありましょうか。イエス様ご自身が、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と言わざるを得ない絶望的な死でありました。このような絶望的な死を通して、それが、人の罪を贖うものとして生かされているあなたの恵みを覚えて、感謝いたします。

 私たちは、キリストの血によって許されていますが、また、キリストに従った人々の血によっても許されていることを思います。どうぞ、わたしたちも進んで人の罪を負いながら、また、あなたに従って行くことの出来る者とならせてください。

 主イエスキリストの御名によって祈ります。

 アーメン。

(2003年3月23日、復活前第4主日、第二礼拝説教)