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『痛烈な教会批判』

牧師 石川和夫

 昨年五月に刊行されたばかりの白井健作氏の[音楽随想]「讃美歌への招待」に目を通していたときのことである。

 読み進んで、「23 生涯をしのび……」に至ったとき、思わず息を飲んだ。

 一九九七年九月六日、ロンドンのウエストミンスター・アビーでの葬儀の模様が丁寧に描かれ、歌われた讃美歌が紹介されていた。その最後の部分に、こう書かれていた。

 「葬儀の最後は会衆と聖歌隊によるウェールズの讃美歌の合唱だった。「われらを導くあがないの主よ」という曲で、これは一九九七年に編纂された日本の『讃美歌21』の四六七番におさめられている。」

 そして、譜面が次の頁に紹介され、それを見た途端、背中に電気が走った。なんと五〇年間探し求めていた讃美歌だったからである。急いで讃美歌21を開いて見た。ある、あるこの歌だ!同時に、私は「わが谷は緑なりき」を思い出した。(この讃美歌は、第二礼拝の「終わりの歌」である)

 しかも不思議なことに、数日前に孫が見たいといっていたビデオを借りるために、ビデオ・レンタル店に行ったおり、「わが谷は緑なりき」が目に入っていたのである。さっそく借りて来て見た。

 「わが谷は緑なりき」を初めて見たのは、多分同志社の神学部の学生時代か、その前の旧制高知高校の時代だったかは、もはや定かではないが、とにかく感動して何回も繰り返し見に行ったことだけは、確かである。そして、あの歌が讃美歌の何番だったのか、探しまくった。リバイバル聖歌も調べたが見つからなかった。

 この映画は、一九四一年二〇世紀フォックス社制作、あの「駅馬車」などで有名なジョン・フォード監督の作品で、当時、アカデミー作品賞、監督賞、助演男優賞(ドナルド・クリスプ)、撮影賞、美術監督賞、室内装飾賞を受賞した名作だ。オールド・ファンには懐かしいウオルター・ピジョンやモーリン・オハラが出演している。もちろんモノクロ作品。 一九世紀末、ウェールズの炭鉱町で懸命に生きる炭坑夫一家の歴史を老人の回想で綴る。

モーガン家は末っ子ヒューを除いて、父も兄たちもみな炭坑夫である。この末っ子のヒューが年老いて自分たち一家を回想する。冒頭で老人となったヒューがこう語る。

 「過ぎ去った過去に垣根はない。思い出を手繰りさえすれば、私が少年だったころのこの谷が浮かんでくる。そのころ、谷は緑だった。ウエールズ一美しかった。」これが、この映画の題名(How Green Was My Valley)になる。彼が少年の頃、炭鉱から出たボタは丘にたまり始めたばかり、緑の村を黒く塗りつぶすまでには至ってなかった。

 それから、姉のアンハードから始まって、順次彼の六人の兄、クィルム・モーガン、イアント・モーガン、イボール・モーガン、デヴィ・モーガン、オーエン・モーガン、グイルム・モーガンが名前を呼ばれながら給料を受け取るところで紹介されていく。

 「だれか歌いだすと谷は合唱でこだました。歌うのは呼吸と同じだった」と語る場面で抗口から行列で帰ってくる炭坑夫たちが歌いだすのが、あの讃美歌四六七「われらを導く」である。実に美しい男声合唱なのだ。一度聞いたら忘れられないメロディー。

 「古きよき時代」のウエールズの炭坑夫の生活が見えてくる。父親の食前の感謝の祈りがなされ、食事が始まるが、食事中はいっさい無言でなければならない。皿洗いが済むと、父親が貯金箱からみんなに小遣いを渡す。資格がないと諦めていたヒューにも渡され、ヒューは小躍りして近くの駄菓子屋に駆け込む。その途中、教会の前では、帽子を脱ぐ。

 「教会を敬うのは父の最初の教えだ」

 彼の父親は一九世紀の典型的な真面目なクリスチャン。兄イボールの結婚式が新任のグリュフィド牧師の司式で行なわれる。式が終わると炭坑夫たちがウエールズの民謡を合唱しながら手荒い祝福を贈る。披露宴は自宅で坑夫たちが集まっておおいに盛り上がる。そこへ、牧師も参加し、一緒にビールを飲んで歌った。

 この映画を見た当時、私は禁酒禁煙で悩まされていた。遺伝的に好きなものをいけないと言われて、とくに「神学生」時代には、何度も始末書を取られていたから、「見ろ、イギリスでも牧師は信徒と一緒に飲んでいるじゃないか」と一層反骨精神を募らせたものだ。

 誤って冷たい川に転落し、骨が凍ったため立てなくなってしまったヒューを牧師が背負って山に登り、彼を歩き始めさせる場面は感動的だ。牧師を愛し始めていた姉のアンハードは炭鉱主の息子と不本意な結婚をするが、その式の後で父が促して歌わせた歌がまた「われらを導く」だ。

 不況に襲われて、炭鉱主は一方的に賃金カットを宣言。谷は、混乱する。二二週間ものストがこの父と牧師の努力でなんとか収まったが、落盤事故で兄のイボールが死んだ。兄たちがつぎつぎと解雇されたり、前途を見限って国を離れて行く。この谷は一層暗さに包まれる。ヒューは隣町の進学校に入学するが、炭坑夫の子ということで差別されるが努力の甲斐あって優秀な成績で卒業する。父親は喜んで、医者になるか、弁護士になるか、と聞くが、ヒューは炭坑夫になると宣言し、他の少年たちと一緒に働きだした。

 結婚していたアンハードが単身ケープタウンから帰ってくるが、それは牧師を愛しているからだ、という噂が広がり、ヒューまでもが嘲笑される。牧師は、そのことで辞任を決意して黒服に身を包んだ会員の前で、「あなたがたは、なんのために教会に来ているか?その枯れた心に神の愛が宿るものか。死の恐怖を黒服に包んで誤魔化しているだけじゃないか」と言い放つところは痛快だ。

 折から事故を知らせる汽笛が鳴る。また落盤事故だ。この事故のために父は死ぬ。最後にヒューに「おまえは立派な男だ」と言って息を引き取る。先に落盤事故で亡くなったイボールの妻が「今、神のみ光を見た」と言う。 「私の父のようにすばらしい父はいなかった。彼は私の心の中で永遠に生き続ける。わが谷は緑だった」というラストシーンは印象的だ。

 息子たちが家を離れる時には、息子たちに乞われて必ず聖書を読み聞かせた父。一本筋が通って頑固だが、心やさしかった父。当時の人々がさげすんでいた炭坑夫の生活の中にほのぼのとした暖かさと安らぎが見事に表現されている。数年前に訪れたかつての炭鉱町、田川を思い出した。

 季節感をとらえたカメラと美しいウエールズ民謡と男声合唱の音楽効果もすばらしいが、これは痛烈な教会批判の映画だ。初めのうちは、これも時代劇のひとつだ、と思って見ていたが、一世紀以上も昔の話とは思えなくなってしまった。一九世紀の倫理主義的なキリスト教の伝統を受け継いだわが国の教会の現在の姿なのだ。綺麗事で済ませようとして心の痛みに鈍感な自分自身と教会の姿が重なってくる。